2012年4月10日火曜日

薬の話薬作り職人のブログ


2011年も今日でおしまい。そんな中、科学雑誌Natureのサイトでは、「2011年の科学関連ニュース」を特集しています。その中から、新薬開発に関連した話題を拾ってみました。「Nature記事で振り返る、創薬この一年」というところでしょうか。

参考にしたサイト(英語)
2011 THE SCIENCEYEARIN BRIEF: AN INTERACTIVEGUIDE

2月 Sanofi社によるGenzyme社買収
大手製薬会社Sanofi社が、バイオテクノロジー企業Genzyme社を1.5兆円で買収したというニュース。Genzyme社は、希少疾患治療薬(特に酵素欠損による遺伝病に対する酵素補充療法)において世界をリードする企業。新薬の種をなかなか見つけられない大手製薬製薬企業が、得意分野を持つ小企業を取りこむ、という構図です。小企業が大企業に買収されたあと、研究者のモチベーションの一つでもある「小企業ならではの自由な研究風土・研究路線」がどこまで保つことができるのか、が注目されています。

3月 iPS細胞でも拒絶反応が生じる?
再生医療の切り札とされているiPS細胞。iPS細胞の利点は、自分自身の体細胞をリセットして色々な臓器の細胞を作りだすので、拒絶反応が起こらないというところ。その利点が成立しないかもしれない、という気になる論文が報告されました。iPS細胞の生みの親である山中伸弥京都大教授は、この論文のデータ解析に問題があるとの立場から、拒絶反応の可能性については否定的です。今後、追試を含めた論文内容の検証を通じて、更なる議論が行われるべきだと思います。

Immunogenicity of induced pluripotent stem cells
Nature. 2011 May 13;474(7350):212-5


乳房の石灰化はどのように一般的である

4月 幹細胞から網膜を再生
理化学研究所の笹井芳樹グループリーダーが、マウスES細胞から網膜組織を試験管内で再構成することに成功しました。ES細胞は、いろんな臓器の細胞を作り出せることができることから、再生医療への応用が長く研究されています(ただし、iPS細胞と違って、ヒト胚の利用しなくてはいけないという倫理的問題点があります)。ES細胞から他の臓器の「細胞」を作り出すことは、それほど大変ではありません。しかし、これらの細胞を「からだの中にある組織」に組み立てることは非常に大変です。そのため、ES細胞による組織構成は、ES細胞の実用化における壁の一つとなっています。この研究、複雑な構造を持つ網膜についても、ES細胞による組織形成が可能であることを示したもので、再生医療実用化への大きなステップになると考� �られます。

Self-organizing optic-cup morphogenesis in three-dimensional culture
Nature. 2011 Apr 7;472(7341):51-6

5月 C型肝炎治療に新薬登場
C型肝炎治療には、長らく新薬の登場が望まれていました。今年、ようやく期待の星「boceprevir」(Merck社)「telaprevir」(Vertex社)が登場です。C型肝炎は、世界人口の3%が感染している非常に患者数の多い病気です。肝炎は、長期的には肝臓がんや肝硬変に移行し、生命を脅かすこととなります。これまでのC型肝炎治療は、「インターフェロンとリバビリンの併用療法」しかなく、しかもすべての肝炎患者に有効なわけではありません。そのため、新しい作用メカニズムを持つ新薬が望まれていたわけです。これら2つの薬は、NS3プロテアーゼという酵素の働きを止める作用を持ちます。NS3は肝炎ウイルスがタンパク質を適切に作り出すために必要なタンパク質なので、NS3の働きを止めることでウイルスが増殖をすることができなくなる� ��です。C型肝炎治療薬の開発は、これ以外にも様々なアプローチが試みられています。来年も、良いニュースが飛び込んでくるといいな、と思います。


b1は何のためにgoddです。

7月 Gタンパク質共役受容体-Gタンパク複合体の結晶構造が解明
Kobilka のグループにより、Gタンパク質共役受容体(GPCR)とGタンパクとの複合体がどのような構造をしているかがついに解明されました。GPCR−Gタンパク複合体の構造解析は、技術的に非常に困難な仕事であり、この論文が公開されたときには、ツイッター上でも多くの研究者から「ついにでたか」「すごい業績だ」との賛美の声が多く聞かれました。多くの薬剤のターゲットであるタンパク質の多くは、Gタンパク質共役受容体(GPCR)とよばれるグループに属しています。生体内物質がGPCRに結合すると、GPCRはGタンパク質と呼ばれるタンパク質と結合し複合体を作ります。この複合体は他のタンパク質(酵素やイオンチャネル)を活性化させることで、様々な生体反応を引き起こします。これは、GPCR-Gタンパク複合体の働きを調節することでで生体� ��応をコントロールすることが可能となるということを表します。そのため、「GPCR−Gタンパク複合体がどのような構造なのか」という問題は、新薬開発の土台となる非常に重要な情報と考えられてきました。今回の論文は、新薬開発にとって非常に大きな贈り物といえます。

Crystal structure of the β2 adrenergic receptor–Gs protein complex
Nature. 2011 Jul 19;477(7366):549-55


女性は閉経をどの年齢を入力しない

9月 長寿タンパク「サーチュイン」は、長寿に関与しない?
長寿に関連する分子として注目を浴びている「サーチュイン」。「サーチュインを活性化させる化合物」は、「長寿や老化防止をもたらす」ということで注目されています。ところが、「サーチュインが長寿に関与する」という過去の実験結果は、実は誤りではないか、ということを示唆する論文が発表されました。サーチュインの遺伝子を過剰発現させたハエは長生きすると言われていましたが、その結果が再現出来なかった、という内容です。この結果から、著者らは、「ハエの寿命が伸びたのはサーチュインとは関係のない、たまたま起こった遺伝子変異のせいだったのではないか」と考察しています。もちろん、この報告は、「サーチュインが、長寿とまではいかなくても、老化につながるなんらかの生理機能を制御している可� �性」まで否定したわけではありません。ただ、サーチュインおよびサーチュインを活性化させる化合物をめぐっては、これまで様々な疑念が発表されています。サーチュインを新薬開発と結びつけるには、このような懸念に対する説明が、きちんと筋道だててなされることが必要でしょう。

Absence of effects of Sir2 overexpression on lifespan in C. elegans and Drosophila
Nature. 2011 Sep 21;477(7365):482-5


9月 アフリカでのロタウイルスワクチン普及プログラム
乳幼児に激しい下痢を引き起こすロタウイルスは、アフリカの貧困国において多数の乳幼児の死亡を引き起こしています。このロタウイルスに対するワクチンをアフリカ諸国で大規模に接種するためのプログラムが進んでいます。スイス・ジュネーブに本拠をかまえる GAVI Alliance が主体となって行なっている計画です。これまで、「新しいワクチンが開発されても、貧困諸国に行き渡らない(行き渡るには非常に時間がかかる)」という問題が指摘されていました。GAVI Alliance の活動は、この「ワクチンラグ」を解消するためのものです。ロタウイルスワクチンのメーカーであるGlaxoSmithKline社は、先進国における価格よりも安価(67%のディスカウント)でGAVI にワクチンを供給します。また、Merck社もGlaxoSmithKline社に追随する動きを見せています。これらの活動は、製薬企業の社会貢献ともいえ、今後ますます拡大すべきだとは思います。ただし、このような活動を行うためには、先進国における新薬の確実な売上(=それに結びつく薬価)が必要となる、ということも頭にいれるべきだとは思います。

10月 マラリアワクチン承認へ一歩近づく
GlaxoSmithKline社によるマラリアワクチンの大規模臨床試験(PhaseIII)の結果が発表され、ある程度の効果がある(ただし、重度なマラリアに対する効力はやや弱い)ことが示されました。PhaseIIIは、医薬品が世の中にでるための最後の関門です。PhaseIIIで効果を示せたということは、実用化に向けての非常に良いニュースとなります。マラリアは、熱帯地方で広く認められる病気で、マラリア原虫という寄生虫によって引き起こされます。マラリアによる死者は年間100万人とも言われ、マラリアの治療薬は長いこと望まれてきました。そのため、今回のマラリアワクチンに対する期待も大きいものがあります。マラリアワクチンの臨床試験は、2014年にはデータが全てで揃い、2015年以降に実用化されると予想されています。このワクチンは、完 璧なものではないのかもしれませんが、それでもマラリア治療における大きな一歩であることには違いありません。

First Results of Phase 3 Trial of RTS,S/AS01 Malaria Vaccine in African Children
N Engl J Med. 2011 Nov 17;365(20):1863-75


11月 Geron社ES細胞を用いた臨床試験から撤退
ES細胞を用いた再生医療のパイオニアであるGeron社が、ES細胞を用いた臨床試験から撤退することとなりました。これは、「再生医療分野よりも。がん治療薬の開発に専念する」というGeron社の方針転換によるものです。これは、再生医療を実用化するには高い壁があるのだな、ということを痛感させられるニュースでした。再生医療を実用化するまでには、多くのハードルがあります。その有効性はもちろん、安全性の確保、ES細胞を用いる場合は倫理的問題点、実際に再生医療を行うための医療体制の確保、などなど。これらの課題を解決するには、長い時間と多くの費用が必要です。小規模な会社では、なかなかこれらの条件をカバーすることは出来ません。開発がやりやすい「抗がん剤」を優先せざるを得ない、という事情は、痛い� ��どよくわかります。本来は、こう云う「力技」が必要な分野こそ、「体力のあるメガファーマ」の出番じゃないかと思うのですが。。


さて、「Natureで振り返る、創薬この一年」いかがだったでしょうか。一年の最後にこういう記事を書くと、一年という期間には本当にいろんなことがあるのだなぁ、と思います。はたして、来年のこの時期には、どんなすごいニュースを振り返ることができるのか?楽しみにしながら年を越したいと思います。

それでは、皆様、良いお年を!

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